たぶん青道?(公図の続き)

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皆様ご機嫌麗しゅうセバスチャンでございます。 

さて、本日は前回公図のお話の続きです。前回、公図は明治時代に作られた字図等がもとになってるというお話をさせて頂きました。この絵はその公図の一部を切り取ったものです。赤丸で囲いました1060-4と1060-13は言うところの二筆になってます。では、現地はどうなってるのでしょうか。
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現地の写真です。草刈りオヤジJrが草刈り中の写真なのですが、赤線から矢印の部分が1060-13なんですね。そう、現地は見ての通り一宅地になっています。 
ま、これはよくあることですね。 
ということは、もちろん1060-4と-13の持ち主は、普通なら同一のはずです。調べてみました。
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なんということでしょう!(どっかで聞いたフレーズですが)所有者は今は無き大蔵省になっています。右側の欄を見ますと不詳と記載されています。平成6年に調べたけど、よくわからないということなんですね。 
最初の公図を見てみますと1060-13から続きで-14、-17、-15、1059-2と連なっています。でも現地はみな隣接した土地と一宅地になっています。なぜなんでしょう?ホワイ? 
よくわかりません。ただ想像するに、昔にはあぜ道があったのかもしれませんし、高低差のある畑と畑との間の斜面地だったかもしれません。いえることは誰も所有を主張しなかった土地があって、現在では昔の面影はないのだけども地図上に残ってるということだと思います。 

こういう、もともとあぜ道だったりしたものを、赤道(あかみちと読みます。せきどうでは無いですよ)とか里道(りどうと読みます)なんて言います。また、昔水路だったところが道になってたりすると青道(あおみちと読みます)なんて言ったりします。では、なんで赤道、青道というのかそれは次回のお楽しみにいたしましょう。 

でも、オモシロいですね。自分の宅地の一部に国の土地があって自由に使えて税金が係らないなんて、わかりませんが国がなんか言って来ることもないと思います。ラッキーですね。 

では、また。セバスチャンでした。